しばらく幕之内と会えてなかった。
お互い肩書きがあるから色々調節しなきゃいけない。

やり繰りした時間、そうして出来た早朝の僅かなひととき。
お互いのロードコースの中間地点で、ささやかな会話を楽しむ。
ま、アイツがほとんど喋ってるんだけどな。

「それでね、木村さんが呆れて青木さんが・・・」

幕之内は身振り手振りで嬉しそうに話す。
いつものジムの話。俺達の共通の知人。相変わらずバカやってるようだ。

「そしたら鷹村さんが・・・・・あれ?」

疑問形と同時に、俺の鼻の頭に水滴が落ちてきた。

「・・・・・雨か」

空を見ると雲は多くない。通り雨だろうか。
俺達は急いで橋の下に避難した。

サーッと音と共に、静かに雨が降る。
時間のせいか、辺りには誰もいなく雨以外の音はなくて、まるで二人きりの世界だ。


「はぁ、雨降ってきちゃった・・・ね・・・」
「あぁ、まいったぜ。予報じゃ平気だったのに」

前髪から滴る雫を払うように掻き揚げる。
チラっと視線を移すとポーとこっちを見てる。まぁ、いつものことだ。

「すぐ止むだろ」

視線を空からの雫に戻す。

「・・・うん・・・」

肌に張り付いたシャツが気持ち悪い。


「風邪、引くなよ」
「・・・・う・ん・・・宮田くん・・も・・ね・・・」

時間を確認しようと左腕を上げた時、幕之内にその手首を掴まれた。
そして顔が近づいてくる。

「・・・・・ッ」


そのまま触れるだけのキスをされた。一度離れると今度は強く押し当てられた。
雨のせいだろうか、幕之内の唇は冷たく湿っていた。
数回のキスの後、熱いモノが口腔に侵入してきた。

唇の温度とは対照的に余りにも熱くて、俺の肩先が微かに震えた。
幕之内はそんな俺の肩を掴むと、舌先を更に奥へと伸ばす。
激しいキスと荒々しい舌に、熱に浮かされたかのように頭がボーッとする。

「・・・・み・・・くん・・す・・・・・き・・・っ」


幕之内にもこんな一面があったのかと驚く。
どちらかと言えば奥手だろう。
指先が触れただけで真っ赤になっていたのに。
それは今でも変わらない。

手は繋いだ。
キスも何度かした。
しかしこんなに情熱的なキスは初めてだ。

「・・・・んッ・・・好・き・・・・」

角度を変えては俺の口腔を犯す。
そして言葉にならない声で気持ちを伝えて来る。ぶつけて来る。
俺は幕之内の背中に手を回すと、しっかりと抱き締めた。

どれ位時間が経ったのだろう。
ゆっくりと唇が離れる。

「・・・・は・・ぁ・・」

幕之内の頬は蒸気し息が乱れてる。
口元を手の甲で拭うと、一つ息を吐いた。

そして俺と視線が合うと、ハッとして瞬時に真っ赤になった。

「あ、あああああの、その・・・・」

幕之内は慌てて辺りを見渡し、凄い勢いで前後左右確認する。

「み、みみみみみや・・・・ごごごごごめめめごめ・・」
「・・・・・・落ち着け」
「あ、あの・・その・・・イ、イヤだ・・・たよね」

何時ものように俯き、指先をくるくる回す。

「・・・・・・・・・」
「え・・・と・・ごめんね・・・」

赤くなったり青くなったり忙しいヤツだ。
これが何度も防衛してる日本王者だろうか。
全身を縮こませ、穴があったら入りたいって状態が見て取れる。


「・・・・・・はぁ。イヤだったら突き飛ばすぜ?」

幕之内はゆっくり顔を上げる。「ホント?」と目で訊いてくる。

「ついでにボディブロー入れる。仕上げは・・・・ジョルトだ」
「そ、それは手厳しいね」

力なくアイツはアハハと笑った。


空を見ると雨は止んでいた。
間もなく街は本格的に活動を始めるだろう。


──────────まぁ、ホントにイヤだったら、そうなる前に足使って逃げるけどな。


俺は数歩歩くと大きく伸びをした。
俺達の今日という日、始まったばかりの朝。
二人の関係に僅かに変化・・・いや進展があった。
それが何だか嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。
気持ちが弾むのが分かる。

「ほら、行くぞ」
「うん!」

後ろにいた幕之内に声をかけると、嬉しそうに寄ってきて隣に並んだ。


end



『明け初める』